2005/1/26
「才能」という言葉について考える
〜ブラジルで出会った高校生〜

 大学を卒業してから半年ほどブラジルにいたことがあります。日本のサッカー留学生をトレーニングさせる施設で、主に高校1年生を相手に先生みたいな、監視員みたいな(笑)ことをしていたんです。
 彼らはブラジルでプロと同じような環境でトレーニングし、地元提携高校で授業を受け、1年後に高校2年生として高校に戻るというプログラムで来伯していたのですが、その中に可愛がっていた生徒がいました。
 英語を教えてほしいと言って、よくボクの部屋に来ていました。それも、中学校の外国人の若い英語の先生(アメリカ人女性)に恋をしたらしく、ラブレター(文通?)を書くためなんですが(笑)

  まあ、それは余談として、彼のポジションはFW。最初は、巧いけどブラジルのサッカー(4-4-2のオーソドックスなブラジルスタイル)に馴染んでないなという感じでした。でも、180cm以上のブラジル人を相手にしても当たり負けすることはなく、ゴールも一番多かったと思います。

 その彼が、ある時、目覚めちゃったんです。そして、その瞬間、ボクも彼が「目覚めた」ことに気付きました。
 それは練習試合でのことでした。場面はCK。右から蹴られたCKは、ゴールエリアとペナルティエリアの境界線、ほぼセンターに飛んで行きました。
 彼はその時センター付近の密集にいたのですが、ボールの軌道を見た瞬間、ボールから少し離れたゴールエリア右にポジションを変えました。歩いて3、4歩くらいのものでしたが。
 すると、味方が競り合ったルーズボールは彼の前へ。それをなんのためらいもなくハーフボレーでゴール…背中に寒気が走ったのを今でも覚えています。

  試合が終わってから、「お前、あれ分かったんじゃない、どこにボールが落ちて、どんな風にシュートするか?」と聞いたら、「えっ…分かりました?」と言うんです。
 「何か前触れみたいなものあった?」と聞くと、「いえ、なんか閃いちゃいました」。
 驚きました、ホントに。
 その後の彼は、1試合1ゴールのペースで得点を決めていき、数々の「閃き」を見せてくれました。どこにボールが来るか、彼には分かっていたようです。まるで予言者のようでした。

 ボクがいた施設では、ブラジル人の監督・スタッフが日本人の子供たちを指導していました。
 監督のヴァギネル(Vagner)は現役時代にストライカーとして活躍した人でした。サンパウロやリオのビッグクラブではプレーしていませんが、州選手権で何度も得点王になり、国内では有名な選手だったようです。当時、日本行きの話もあったと聞かせてもらったことがあります。ちなみに、加茂監督時代の日産に移籍する予定だったみたいです。
 そのヴァギネルは、日本へ行く直前の試合で脛を開放骨折し、そのまま引退しました。それを機に指導者になったそうです。現役時代にザガロ監督のもとでプレーしたこともあるそうで、指導に関してはかなり影響を受けたと言っていました。
 彼はクルゼイロのユース監督もしたそうですが、弱いチームを強化しユースの大きな大会で優勝させるという優勝請負人で、ユースの指導では一目置かれた存在だったそうです。クルゼイロの時はあのロナウド(現レアル・マドリード)を指導したこともあるとか。
 そのヴァギネルが「あの瞬間」以降、彼のことを「ロマーリオのような選手になれる」と言うようになりました。「彼にはゴールが見えている」とも。元点取り屋の感覚が、その才能を見抜いたということでしょう。

 その後、彼は日本の高校に戻り、高校3年の時には高校選手権の出場を果たしました。ボクは彼がどうなっているのか楽しみで、会場に足を運びました。
 しかし、2年ぶりに見た彼は、すっかり「うまい選手」になっていました。トップ下というポジション変更もあったのでしょうが、それだけが原因ではないと思います。ブラジルで見た彼の雰囲気は消え失せていました。彼には足下のボールしか見えてなかった…

 卒業後、彼はボクの電話番号を知人を通じて聞き出して、電話してきてくれました。ブラジルで面倒を見ていた子供たちは、ボクが試合を見に来ていたことを気付いてたみたいでうれしかったです。
 それはいいとして、彼に「あの閃き、なくなっちゃったね」と言ったんですよ、その時。彼は明るく、「そうですね。なくなっちゃいましたね、でも、仕方ないですよ」。そう答えてくれました。

 彼は高校サッカーの世界で、潜在能力を自分の「才能」「個性」までには昇華できなかった。高校サッカーのスタイルに合わせたという言い方もできますが、それは彼の「心」次第だった気もします。強い気持ちがあれば、目標が「高校選手権の先」にあれば…。それもまた人生ってことですね。

  最近スペインへ渡った大久保嘉人。彼を見ていると、「自分がサッカーを続ける理由」「プロとしての自分の価値」が分かっていて、その気持ちに素直に生きている気がします。そして、環境の変化が潜在能力を目覚めさせるきっかけになっている…と思いたいですね。
 環境の変化によって、人間は突然覚醒する…こともある。そして、モチベーションが保てなければ、その才能もいつかなくなる…大久保は最高のスタートを切りましたが、潜在能力は継続して初めて『「才能」→「個性」』になると思います。これからが大変でしょう。
 でも、国見高校の小嶺先生に自分のスタイルを貫けと指導され、それを今でも貫き続けているのは、彼の「心」がそうさせているんでしょう。それを見失わないのは、立派な「才能」です。