2005/11/15
受験と進路と左足 (Last)

 ボクは暁星のサッカーを見るようになる前、大学を卒業してすぐブラジルに渡った。日本人サッカー留学生をトレーニングする施設で働くためだ。約半年の短い期間だったが、15、6歳の高校1年生を中心に、13、4歳の中学生の短期留学などの世話をしていた。

 ブラジルでは、ピッチに入る時に十字を切る選手が多いが、その行為は年齢を問わない。そして、ピッチに入った瞬間、彼らの顔つきは豹変する。相手が日本人だからと言って容赦はしない。本気で潰しにくる。「ピッチは戦場」と言葉で書くと軽くなってしまうが、そこに全てを賭けるブラジル人の姿に感動すら覚えた。
 その姿を間近で見たボクにとって、帰国後に見た日本のサッカーは物足りなさを感じるものだった。暁星でサッカーをする子供たちにも同様の雰囲気を感じた。林監督をはじめ、暁星学園サッカー部スタッフである先生たちの殺気にも似た勝負へのこだわりが、子供たちからは感じられなかったし、今も感じられないでいる。

 ただ、日本でもブラジルで味わった緊張感を感じたことがある。帝京高校や市立船橋といった、高校サッカーの強豪校との練習試合の時だ。
 練習試合で対戦した強豪校は、格下と言える暁星高校に対しても全く手を抜かなかった。点差がついたとしても、攻撃を緩めることはない。少しでもいい加減な態度を見せた選手は交代させられてしまう。そんな張りつめた緊張感がそこにはあった。
 それは十字を切ってピッチに入るブラジル人プレーヤーとなんら変わらない光景だった。強豪校のユニフォームを着てプレーすることは特別なことであり、少しでも気を緩めようものならその座をすぐに奪われることを、強豪校の部員たちはよく分かっている。先輩たちの築いてきた伝統を継承する後輩たちの姿がそこにはあった。

 かつて暁星高校サッカー部が高校選手権に毎年のように出場していた頃、「西が丘での都大会決勝の応援」と「冬休みの高校選手権の応援」は毎年の恒例行事のようなものだった。その時、ボクは暁星学園の一生徒だった。
 高校に上がると、同級生のサッカー部員から妙な自信と落ち着きにも似た感覚を感じたのを今でも覚えている。ちょうど全国大会3位、ベスト8になった頃だ。
 もしかすると、かつての暁星高校サッカー部にも、強豪校との練習試合で感じたあの緊張感があったのかもしれない。サッカー部に入らなかった一生徒にもそれは伝わっていたと思う。だから、「もう一度あの雰囲気を味わいたい」と思っている卒業生がここにいるのだろう。

*********************************

 Jリーグ発足以来、プロフットボーラーを目指す高校生は確実に、しかも劇的に増えた。Jリーグはもちろん、日本代表クラスのプレーヤーになれれば、ヨーロッパでプレーすることも夢ではなくなった。
 そんな環境の中で、Jリーグのユースチームをはじめ、クラブチームのユース組織は着実に力をつけている。今後はこの傾向に拍車がかかるだろう。Jリーグのユースチームで鍛えられた方がトップチームへの道も開かれやすい。事実、ユースチームの高校生がJリーグの試合に出場したり、ユースチームからトップチームに昇格する高校生も増えている。

 でも、どんな時代になろうとも、「高校サッカー」と言われるものがなくなったり、人々に忘れられることはないだろう。

 高校の数だけ違ったストーリーがある。セレクションで優秀な中学生が入ってくると言っても、数人の話だ。その生徒が活躍するかと言われれば、そうとも限らない。「サッカー好き」の高校生を「サッカー選手」に育てなければ、日の当たる場所には立てない。育成の苦闘は、どんなレベルであれ、どの高校でも抱えている課題である。
 そして、高校でサッカーを続ける部員の数だけ卒業後の進路への期待と不安がある。プロを目指す高校生もいれば、大学や専門学校に進む高校生もいる。就職する者や、家業を継ぐために修業する者もいるだろう。同じような選択はあっても、同じ人生などあり得ない。

 大正7年に始まり、83回大会を終えた全国高校サッカー選手権は、様々なスタイルでサッカーに取り組んだ高校生たちと指導者たち、その家族、友人の人生に刻みこまれた歴史である。
 日の目を見ない地区大会の積み重ねが高校選手権に集約され、サッカーを選んだ高校生たちの憧れへとつながってきた。この年月の積み重ねがあるからこそ、高校選手権は注目される。
 試合のスコアには、当日の選手たちのコンディションが反映される。選手の出来からケガ・体調不良といった理由まで。スコアについて説明する要素はいろいろ考えられる。
 しかし、勝者と敗者は、試合のスコアだけでは本当は語れない。チームのバックグラウンド、日頃の練習の積み重ね、高校生としての日常生活。様々な要素が複雑に絡み合い、スコアとなる。
 そして、スコアの結果だけで「勝者=強い」「敗者=弱い」なんて単純なものではないことが分かると、高校生のサッカーはもっと魅力的に見えてくる。いいとか悪いの問題ではない。

 暁星高校サッカー部は、勉強とサッカーの両立という目標を掲げ、これからも高校選手権を目指していく。再び選手権のキップを手にすることができるかは分からない。ただ、暁星高校にサッカー部がある限り、高校選手権を目指す部員がいる限り、越えなければならない壁がそこにあり、「あの雰囲気」を味わえる可能性も消えることはない。
 高校選手権に出場した各都道府県の代表校に関係している人たちは、きっと「あの雰囲気」を味わっていることだろう。そう考えただけで、悔しくて仕方がない。

<おわり>